Google スーパーボウルCMデビュー

ディナーに誘ってくれた友人宅で、スーパーボウルをしばし眺める。アメリカ最大(とか世界最大)とかいわれるこのスポーツイベントも、いかんせん同席した誰もがそもそもアメフトに大した興味がないから、BGMとして流れてたJazzと同じかそれ以下の扱いしか受けてなかった。そんななか、みんなが一瞬おっと注目したのが、GoogleによるこのCM



なんでGoogleが今さら検索サービスのCMを大枚はたいて(まあGoogleにとっては一枠で数億円という金額も大枚でもないかもしれないけど)流すわけ?というのがその場でのみんなの反応だった。売り出し中のNexus Oneならまだプロモーションしたいという意図がストレートでわかるけど。

フランスに留学することになった(アメリカの)男の子が、ルーブルのカフェで出会った女の子に恋をして、長距離恋愛を経てパリで仕事を見つけ、パリの教会で結婚式を挙げて子供ができる("how to assemble a crib" = ベビーベッドの組み立て方)、という一連のストーリーを、Google検索とその結果の表示という形式だけでつづっていくもの。

しかしアメリカ人ってフランスに対する憧れがあるよね。french girlってアメリカの男の子にとって何か特別な響きをもつらしい。ビールとピザで腹を満たしつつスーパーボウルを見てるのはまあ大半がアメリカ人男性だろうからね。

この柔らかい雰囲気のCMの狙いって、日々その影響力を強めているGoogleの、ともすると邪悪な存在だと思われる要素を中和して、ポジティブなブランドイメージを保とうというあたりにあるのだろう。通常のweb検索に加えて、GoogleマップやGoogle翻訳も駆使されてるけど、ここでGoogleブック検索やストリートビューにまでいかないのは、この狙いを踏まえればよく分かる。それに右側のスポンサーリンクも一切表示されないしね。

what are truffles(トリュフって何?)
who is truffaut(トリュフォーって誰?)

という洒落が笑える。

バックに流れる音楽もいいよね。なんていう曲なんだろう?

2010/02/08(月) | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0)

またしても雪に埋もれるフィリー



philly in snow

2010/02/06(土) | 生活 | トラックバック(0) | コメント(1)

ストームのなかバッファローウィングを食らう(North Third)

日本人同期でも無類のバッファローウィング好きのMラノによるナイスな企画。Philadelphia Magazineの特集でフィリー最高のバッファローウィングを提供するとされた、North Thirdへ。センターシティから少し離れているため(3rd St.を北へ1キロほど)、タクシー2台に分乗して向かう。晩から未明にかけて超大型ストームの予報。すでに小雪が舞っている。

そんな天気予報もものともせず、19時というのに店内は既に満席状態。10分ほどバーで飲んでテーブルに案内される。

バッファローウィングはノーマルなものとアジア風(甘辛風)の味付けのものと2種類。どっちも相当レベルが高い(vis-à-vis フィリーの他の店のもの)。

north third_1

ちなみにバッファローウィングとは、手羽先の素揚げにスパイシーなチリソースを絡めたようなものこんな感じ。ブルーチーズが混じったサワーソースにつけて食べる。ニンジンとセロリのスティックが一緒に出されることが多い。バーに行けば酒の肴としてほぼ確実にメニューに載っている。アメリカが生んだ飯の中で唯一旨いと思えるものだ。ちなみに、動物のバッファローではなく、NY州バッファローにあるとあるバーが発祥なのだとか。

North Thirdは単なるバーというよりは、アメリカンなビストロ・バーとでもいう雰囲気。飲んで騒ぐためというよりは、飲みつつもがっつりと食事をしに来るのにいい感じ。飯はどれも結構美味しくて、Best of Philly 2006 Bar Foodにも選ばれてるらしい。周りにも意外にバーとかが多くて、フィリーの奥深さを知る。

さんざん馬鹿話をして店を出るとすっかり雪に覆われた街。

north third_2

タクシーも呼べず。凍死覚悟で2nd St.の真ん中をとぼとぼ歩いていたら、たまたま通りがかりのタクシーが。半ば強引に止めて5人で有無を言わさず乗り込んでなんとか家路につく。

North Third
★★
801 N 3rd St
Philadelphia, PA 19123
(215) 413-3666

2010/02/06(土) | レストラン・カフェ | トラックバック(0) | コメント(2)

【お知らせ】ウォートンの日本人向け新サイト

ウォートンの日本人向けサイトが新しくオープンしました。

http://www.wharton-japan.net/

学校案内やフィラデルフィアの情報などが充実していますので、ぜひ一度ご覧下さい!

2010/02/05(金) | MBA受験 | トラックバック(0) | コメント(0)

フィリー自転車事情

フィリーには自転車屋が多い。しかも、ハイエンドなバイクの品揃え、豊富なアクセサリー、充実した作業スペースがセットになっているような店ばかりだ。ロードタイプを中心に、街は疾走する自転車であふれかえっているから、相当需要が多いのだろう。アメリカの他の都市でも見られるトレンドなのだろうか?それともフィリーのローカルな現象なのだろうか?学生時代に住んでいた京都も同じように自転車人口、自転車屋さんともに多かった。【ある程度コンパクトな街のサイズ】や【教育程度が高い人が占める割合】といった変数と【自転車利用率】との間に相関関係がありそうな気が。

珈琲Jr.の愛車のサドルが壊れてしまった。補助輪を外した乗り方を教えようとはりきって実演していたところ、根本からボキッと折れてしまったのだ。まあそりゃそうだな。

近所の自転車屋で子供用のサドルを注文してもらい、今日無事に取り付け完了。

自転車修理

2010/02/02(火) | 生活 | トラックバック(0) | コメント(0)

人の記憶に残る仕事

5月の卒業式を控えて、卒業後の身の振り方をどうするかが周囲の話題に上ることが増えてきた。少し前になるけど、以前法務部に勤務していたときからちょくちょく覗いていた葉玉弁護士のブログに、こんなコメントがあった(強調は引用者)。
 

弁護士は侍ですから、
  「仕事を引き受けた以上、他の弁護士に負けない仕事をする」
のは当たり前ですが、私の理想は
   「人の心に残る仕事をする」
ことであり、弁護士になって2年半、「心に残る仕事をするためにどうすればよいか」をずっと考え続けてきました。

 より速く、より深く、より親切に、より安く、より的確に仕事をするためには、どうすればよいか。
 誰にも解決できない問題をどう解決すればよいか。
 揺れ動く人の心をどう動かしたらよいか。

 答えは一つではなく、しかも、現在地に安住しようとすれば、すぐに時代に取り残されてしまいます。
 試行錯誤の連続で、悩むこともあれば、落ち込むこともあります。
 そして、プロである以上、限られた時間の中で、日々、決断し、仕事を進めていかなければなりません。


帰国するにあたって心に留めておきたいと思った。

2010/01/31(日) | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0)

あまり語られてない(多分)iPadのもう一つの側面

そこかしこでiPadの話題があふれ返ってるね。正式発表された27日は、Whartonでも多くの学生が「もう見た〜?」とはしゃいでた。

出版業界の構造を一変させるインパクトがあるとか(戦略論)、マルチタスクができないのがイマイチだとか(技術論)、さらには(生理用品を思わせる)ネーミングがどうだとか(マーケティング論?)、この騒ぎにもいろんな観点がある様子。

Appleが自らYouTubeにアップしたこの紹介ビデオを見てたら、ちょっと違った角度からiPadが面白く思えてきた。



いやー、確かにタッチセンサの感度といい、作り込まれたソフトウエアといい、素晴らしい。でも実は一番に気になったのは、現在のApple社の一線級の幹部をお披露目するかのようなビデオの作り。肝臓移植手術で数ヶ月間療養していたSteve Jobsに代わっていくつかのプレゼンを務めたPhil Schiller(マーケティング)はもちろん、iMacやiPodのデザインも手がけたJony Ive、それからiPhoneのソフトウェアやハードウェアのそれぞれの上級副社長がそれぞれの担当分野について相当練りこんだプレゼンを披露してる。

覚えている人も多いと思うけど、Steve Jobsの療養ための長期休暇にあたっては、彼の健康状態に関する株主への開示義務違反のありやなしやが話題になったくらいだ。Knowledge@Whartonでもこの記事(Job-less: Steve Jobs's Succession Plan Should Be a Top Priority for Apple)で、Steve Jobsの後継者育成の重要性が説かれている。

よく考えて見れば、iPadはSteve Jobsが昨年6月に復帰してからは初となる新プロダクトラインだ。Jobsが去った後のAppleがどのように今のモメンタムを継続していくか、一人の超スーパースターを欠いた後も革新的な企業であり続けるにはどうしたらいいのかを、この新製品の開発にあたってAppleの現経営陣が真剣に考えていなかったと想像するほうがおかしいだろう。

iPadを通じて、AppleのSteve Jobs後のリーダーシップやガバナンスを考えるのも面白いかな、と。

2010/01/30(土) | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0)

Iverson vs. Kobe @ Wachovia Center

一旦引退を表明したAllen Iversonが古巣の76ersに復帰することが決まったのが昨年12月2日。そのニュースを聞いた瞬間に思わず勢いでチケットを買ってしまった今日の試合。Kobe Bryant率いるLakersを迎えたホームゲーム。Kobeは実はMain Line沿いの高級住宅地出身で(父親が76ersの選手だった)、高校までフィリーで過ごしていたそうな。この二人を目当てに、Wachovia Centerは満席の入り。

Iverson.jpg

今日の試合のハイライト。



第3クオーターに驚異の追い上げをみせるも、ほぼ一方的な展開で76ersは負けてしまった。でも、IversonとKobeのマッチアップが随所に見られて大満足の観戦となった。今年もう34歳だというIversonがチームでも圧倒的な存在感を示していた。結局自身の今シーズン最高となる23得点の大活躍。

これは同じカードながら、2001年のMBA Finalの第1戦。IversonがシーズンMVPに輝いた年。



そうか、やっぱり全盛期の彼はもっと凄かったんだね。

2010/01/30(土) | 生活 | トラックバック(0) | コメント(0)

AMERICAN EXPRESS

定期購読しているWIRED誌の最新号の特集のひとつが、「AMERICAN EXPRESS」。カード会社の話ではなくて、bullet train=超特急の列車がついにアメリカにもやってくるぞ、という内容。なんでもアメリカ内に5つの路線が建設される可能性があるのだとか。

bullet train

一方、今日のJR東海のニュースリリース。
http://jr-central.co.jp/news/release/nws000450.html

アメリカのコンサルティング会社と提携して新幹線(N-700系)リニアモーターカー(SCMAGLEV:Superconducting Magnetic Levitation Transport System)をアメリカに売り込んでいくのだとか。

・JR東海とUSJHSRは、近々米国連邦鉄道局(FRA)が2010年に高速鉄道に投資される予定の80億ドルの景気対策資金をどの路線に割り当てるかを発表し、これが、米国での高速鉄道への関心を盛り立てるであろうと言われていることに注目してきました。近い将来、米国にN700−Iのトータルシステムの導入候補地が複数あり、例として、タンパ−オーランド−マイアミ間、ラスベガス−ロサンゼルス間、テキサス、中西部の路線や他の地区で時速330キロ運転が行われる可能性があると考えています。加えて、他の世界市場も検討対象として行く予定です。

・JR東海とUSJMAGLEVは、いくつかの路線でSCMAGLEV技術に相応しいプロジェクトがあると考えています。米国においては、ボルチモア−ワシントンDC間、チャタヌーガ−アトランタ間、ペンシルバニアなどが可能性があると考えており、米国以外でも、長期的視点で検討できる路線があると考えています。


WIRED誌にはリニアモーターカーのことは一切触れられていない。ギーク好みのこの雑誌だからこそ、まだ商用化されていないJR東海のリニアモーターカーにも是非触れてほしかったな。

ちなみにWIRED誌には、東海岸のラインが運用されるのは2023年、とある。フィリーの30th Stationにリニアモーターカーが乗り入れるなんて考えるだけでわくわくするね。

2010/01/25(月) | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0)

デジタルネイティブ

家で翌日の授業の予習をしてたらskyeに珈琲妻のアカウントからチャットが飛んできた。

okXXXdoyouwanttocometomyhouse

とある。一瞬なんだと思うが、これが実は

ok XXX do you want to come to my house

だと分かるまでには大して時間はかからない。最近文章を書くのに凝っている珈琲Jr.が単語の間にスペースを空けることをまだ知らないからだ(親も先生もわざわざ積極的に教えてないから)。ちなみにXXXは彼が大好きな女の子の名前。隣に住む女の子からのお下がりのラップトップPCを模したバービーのおもちゃを使い倒しているから、キーボードの入力もお手のものだ。

レゴ好きの彼は毎日、珈琲妻のMacBookのブラウザを立ち上げて"lego"をググり、トップの検索結果をクリックしてレゴのホームページで来年サンタさんにお願いするモデルを選んだり、簡単なゲームで遊んでる。

iPhoneは更に自在に操り、Podcastでダウンロードした鉄道番組を眺めたり、あちこちで写真を撮りまくってはその写り映えを確認してる。Appleのユーザインターフェースの質の高さはこんなところからもよく分かる。

「デジタルネイティブ」なる言葉をこっちに来てから知ったけど、珈琲Jr.を観察しているとなるほどと思わされる。ただ、今の段階ではまだ単に紙と鉛筆がノートブックに、紙のカタログが電子カタログに、といった同じ機能を実現するための手段の単純な置換があったに過ぎない。実質的な変化は、まだない。

次のステップは、友達やより広い世界とのコミュニケーションだったり、以前では考えられなかった範囲での情報検索だったり、デジタルコンテンツを組み合わせて何かを作り出す創造的な作業だったりするのだろう。これらは我々が子供時代には実質的にはなかったものだ。これらが子供に与えることのインパクトを想像するのはかなり楽しい。もちろん、いろいろ心配なこともなくはないが。

最近、非常にお年を召された教授がこんなことを授業中にコメントしていた。「しばらく前までは授業中はケータイやPCをしまいなさい、なんて言ってたけど、もうそんなことをいうのは止めたよ。君たちの世代では同時並行的に作業をするのがもうごく当たり前のことになっているわけだからね。その新しい流れに逆らってもしかたないと思うよ。授業の内容に関わることをリアルタイムに検索することだってあるだろうしね。」

デジタルネイティブでない学生でこれだから、珈琲Jr.が学生になるころの教育機関や彼らを顧客とした企業としては、知恵と柔軟性が随分と求められることだろう。

2010/01/21(木) | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(2)

Spring Term = 最終学期の始まり

昨日から春学期が始まっている。MBAも既に3/4が終わり、最終コーナーを回ってしまった。オークションで気になった授業はほぼ競り落としているものの、最終的にどれを履修するかを検討中。

1. Corporate Development: Merger and Acquisition
2. Technology Strategy
3. Strategic Management of Human Asset
4. Information: Strategy and Economics
5. Innovation, Change and Entrepreneurial Management
6. Global Corporate Law and Management

初回の授業にひととおり出席してみたけど、選択はなかなか悩ましい。1と2は決めたから、残りをどうするか。

いよいよ数ヶ月後に迫った卒業後のキャリアにそれぞれの授業がどうリンクしそうかという積極的な悩みと、最後のセメスターくらいちょっとは楽をしたいという消極的な悩み(もしくは別のことに時間を使いたいという意味でこれも積極的な悩み)。それに加えて、恐らくは「人生最後の学生生活の最後の授業」になるだけに、できるだけ満足のいく授業を選択したい、という気持ちも働いているのだろう。もう数日寝かして考えるとしよう。

ちなみにこれが授業のオークション画面。

オークション

選択科目は全てこれを通じて競り落とさなければならない。最初の持ち点は全学生同じながら、過去の売買パターンを調べて「投機」することで持ち点を増やしていく学生も少なくない。全員が同じ情報、同じ機会が与えられているのだから、それを活用しないことで不利になるのはしない側の責任、くらいの規範が、ここでは支配的とまではいわないまでもごく一般的だ。

何一つとっても疲れるところだと感じていたこの生活も、今ではなかなか快適。人は慣れるし、慣れたらそろそろ次のステージに進むべきころなのだろう。

2010/01/15(金) | MBA | トラックバック(0) | コメント(0)

子供という資産に対するアメリカの長期的視点

珈琲Jr.にとって3回目のSound All Around。ほぼ一年ぶりだ。これが1回目。で、2回目

毎回Philadelphia Orchestraの現役奏者がやってきて自分の楽器を紹介してくれる。プロのストリーテラーの語りにのせて。今日のテーマは「トランペット」(珈琲Jr.にとっては「ラッパ」だが)。

soundallaround.jpg

Philadelphia Orchestraのこの取り組みは、単純な短期的な営利行為だろうし(入場料として子供を含めて一人15ドル取られるから、ざっとみたところ一回のセッションで1,000ドルの収入にはなりそうだ)、子供に音楽の扉を開く社会貢献だともいえるだろう。でも、なによりも未来への投資、という側面もあるはずだ。将来にわたってオーケストラのファンを一定数確保するための長期投資。

フィリーズの試合を観にいっても、子供は何よりも大切にされる。未来のベースボールファンとして。

短期的な業績に着目した株主資本主義云々、の議論がかまびすしいが、こと子供を将来の重要資産と見なすことについては、アメリカの長期的視点はところどころで見られるようだ。

さて、日本ではどうだったっけ?帰国後によくよく観察してみようと思う。

2010/01/10(日) | 生活 | トラックバック(0) | コメント(0)

およげ!たいやきくん、がんばれ!なみへいさん

読書の合間に何気なくネットサーフィンしてたら偶然見つけたこのブログ。

たい焼き なみへい 公式ブログ

なんでも鎌倉の由比ヶ浜大通りに元旦にオープンしたばかりのたい焼きやさんなのだとか。たい焼き好きの私としては思わず身を乗り出す。このブログ、かなりアツい

開店一週間を振り返ってのコメント

たい焼き界の先輩方も、ご来店いただき、
あたふたとしたところや、不慣れなため、
お見ぐるしい点が多く、恥ずかしい限りです。
たい焼き界全体の向上のためにも、
今後努力いたしますので、ご容赦ください。


求人募集で、こんなコメント。

なみへいの考えるたい焼き職人とは、
単純にたい焼きを焼く職人のことではなく、
たい焼きを威勢よく販売し、たい焼きの縁起のよさを
お客様におすそ分けできる技能職です。
一丁焼きの鋳型は、3キロ弱ありますので、
体力も必要です。朝から晩まで、たい焼きを焼きながら、
お客様にあたたかいコミュニケーションを提供し続ける
心身ともの器量が求められます。
実際、僕もかつて修行のために職場の近くに引越しをし、
自分自身に集中できる環境をつくったものです。
やはり生活の中心をたい焼き修行に費やす覚悟が必要だと思います。
レシピやコツがあってたい焼きが焼ければよい・・・
という仕事では決してないということを
ご理解いただければ、と思います。


店主の濱田紳吾さんは麻布十番の「浪花屋総本店」で修行されていたとのこと。しかも1984年生まれ・・・って、今年26歳ですか。俄然応援したい。帰国したらすぐに伺いたいと思います。

2010/01/07(木) | 鎌倉 | トラックバック(0) | コメント(2)

村上春樹のグローバル戦略

昨晩から読み始めた村上春樹の「海辺のカフカ」を昼過ぎに読み終わる。

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)海辺のカフカ (上) (新潮文庫)
(2005/02/28)
村上 春樹

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「ノルウェーの森」以降は彼が翻訳した海外モノを読むくらいだったから、久しぶりの村上作品。「僕」と「ナカタさん」のストーリーが章ごとに入れ替わりつつ次第にひとつに収斂していくという構成。「カラマーゾフの兄弟」のようないろんな世界観を詰め込んで絡め合わせた「総合小説」を書きたいと思って選択したそうな(柴田元幸「翻訳教室」P158-159)。昨年の夏に「カラ兄」を読破して一応「カラ兄読了クラブ」に入会してるから(笑)、村上春樹のいう「総合小説」のニュアンスはよく分かる。

しかし村上春樹は海外でよく売れている。よく出張で訪れたイギリスでも、昨年のひと夏を過ごしたフランスでも、そしてここアメリカでも、ある程度の大きさの書店に彼の翻訳本が置いていないことはまずない。なんでも近年の年収は海外分が既に国内分を上回っているのだとか(wikiによる「村上春樹」より)。珈琲男が好きな池澤夏樹はフランスではよく見かけたが(彼が一時期フォンテーヌブローに滞在していたことも影響しているのだろうか)、ここアメリカで目にすることは少ない。

何で村上モノはこうも広く海外で売れるんだろう。

昨日も紹介したカズオ・イシグロのインタヴュー記事にこんなコメントを見つけた。強調は珈琲男によるもの。以下このエントリーを通じて同じ。

イシグロ (途中略)現代作家の中では、好きな作家はたくさんいますが、村上春樹がもっとも興味ある作家の一人ですね。とても興味があります。もちろん彼は日本人ですが、世界中の人が彼のことを日本人と考えることができません。国を超えた作家です。現時点で、村上春樹は現代文学の中で非常に関心を引く何かを象徴しています。人は、日本文化に必ずしも関心がなくても、村上春樹に通じるものを感じるのです。

−村上春樹はそれを意図的にやっていると思いますね。

イシグロ その通りです。私もそう思います。そういう世代の作家がいます。ある程度は、私もイギリスやアメリカの読者だけではなく、国を越えた読者に訴えようとしています。多くの作家がそうしようとしていると思います。彼らは意識的に世界中の読者に訴えようとして小説を書いているのです。文化の壁がないように、そういう壁になりそうな要素をすべて作品から排除するのです。もちろんそれには一長一短がありますが、私も確かにそうしようとしています。


−もし村上春樹が最初から英語で書いていれば、さらに読者は増えるでしょうか。

イシグロ そうは思いません。村上春樹は興味あるケースだと思います、確かに、勇気づけられるケースだと思います。私は彼を非常に才能のある作家だと思いますが、十分に才能があれば、英語で書かなくても、英語に翻訳されればいいということです。彼のもう一つ特異なところは、国を超えたスタイルで書くだけでなく、リアリズムの外側で書いているということです。現時点で、世界中の作家をみても、所謂リアリズムのモードの外で書いてうまくいっている作家はそれほど多くいません。(途中略)興味深いのは、村上春樹はそれほど世界中を旅するわけではないのに彼のスタイルがインターナショナルだということ、そして世界で受け入れられているという面です。リアリズム・モードをうまく破ることができる人には、言わばこういう国を超えたいという渇望があるかもしれません。作家がそうすることに成功すれば、ガルシア=マルケスのように国際的に評価されますね。


なるほど。これをヒントに村上春樹の海外での成功の要因について仮説を立ててみる。で、かなり強引に企業のグローバル戦略と絡めてみる。アホらしいけど、冬休みだからこその酔狂だ。

仮説1: 感覚という普遍性 = 世界標準プロダクト

「ノルウェーの森」にしろ「海辺のカフカ」にしろ、舞台は現実としての日本であり(日本語で書かれているということを別にしても)日本にまつわる様々な「枠」の中でストーリーが展開する。でも、カズオ・イシグロがいうように、リアリティを追求するというよりも、とくに「海辺のカフカ」においてはむしろリアリティを放棄しているといってもいい。むしろ彼が追求するのは、自らの感覚やイメージだ。新潮社のサイトには、「海辺のカフカ」についての村上春樹へのインタヴュー記事に彼のこんなコメントがある。

小説を書く、物語を書く、というのは煎じ詰めて言えば、「経験していないことの記憶をたどる」という作業なんです。


問題は「誰の」記憶をたどるのか、ということだけど、きっと、登場人物を通じた村上春樹自身の記憶、ということなんだろう。登場人物は(少なくとも形式的には)日本人だし、それを利用して記憶をたどろうとする村上春樹自身も(こっちは現実として)日本人だ。でも、その両方が、日本人という枠にとらわれないように細心の注意を払っているように私には感じられる。もちろん完全に枠の外に身を置くのは無理だ。でも、枠のなかに閉じこもってしまうことを強い意志をもって避けているように感じられる。

そうした意志のもとに「経験していないことの経験をたどる」という行為の集積は、きっと、日本人というより一個人としての感覚やイメージの集大成になるのだと思う。そして、その感覚やイメージは、国という枠をこえて、広く人々に理解されるのだと思う。共感されるかどうかは読者次第だけど、少なくとも「分かる」のだと思う。「分かる」からこそ、売れる。少なくとも「分かる」ことが期待できるから売れる。逆に「分からない」「分かりそうにない」なら売れない。小説は経験財だから当然だ。

ビジネスにおけるグローバル戦略にあてはめてみれば、これはローカライズの必要性を最小化した世界標準戦略だといってもいい。プロモーションなりチャネル戦略という意味での売り方はいろいろあるだろう。ただ、プロダクトなりサービスそのものについては最初から世界標準狙い。みんながこのプロダクトなりサービスなりをローカルな調整を抜きにしてそのまま使ってくれるって自信もってますから、というスタンス。かつてのソニーがそうだったろうし、今なら間違いなくアップルだな。

村上春樹がグローバルに本を売るための手段として日本人枠を意図的に外している、とまではいわない。実際には、日本人枠を自らの流儀として外したらいつのまにか海外で自分の本が売れているという現実があった、ということではないか。でも、これだけ自らの本が売れてる今となっては、日本人枠を外すことを以前とは違った感覚で捉えてるのではないか、くらいは推測する。

ローカライズの必要性がないっていっても翻訳こそローカライズじゃん、という話もあるが、それは以下にて。

仮説2: 翻訳の容易性 = フロントを意識したバックエンド設計

池澤夏樹もそうだけど、村上春樹の文章って比較的他の言語に翻訳しやすいように思う。文章の構成がかっちりしていて曖昧なことろが少ないという意味において。そして、村上春樹は明らかに翻訳に対する意識が他の作家に比較しても強いといえる。何しろ、こうまでいっているくらいだ。

(途中略)どうして翻訳をするようになったかというと、やっぱり好きだから家でずっとやってたんですよ。英語の本を読んで、これを日本語にしたらどういう風になるんだろうと思って、左に横書きの本を置き、右にノートを置いて、どんどん日本語に直して書き込んでいきましたね。そういう作業が生まれつき好きだったみたいです。
それで結局、三十歳のときに小説家になっちゃったんだけど、小説書くより翻訳してたほうが楽しい。だから最初に『風の歌を聴け』という小説を書いて「群像」新人賞をとって何がうれしかったかというと、これで翻訳が存分できるということでした。だからすぐにフィッツジェラルドを訳したんですよ。(柴田元幸「翻訳教室」P151)


翻訳は常に彼の意識にあり、自らの作品を執筆する過程においてひとつひとつの文章の翻訳可能性を検証することが、意識的にであれ、無意識にであれ、相当にあるのだと思う。結果として仕上がる彼の作品は、他の言語への移植が比較的すんなりいくのだと思う。そのもともとの意味を損ねることを最小化しつつ。

小説を「読むという経験を売っている」とする立場に立てば、小説を売るのはサービス業に他ならない。生産と消費が同時になされるサービスという業態においては、必ずフロントエンドとバックエンドが存在する。顧客に何かを直接経験させるのがフロントエンドで、そのフロントエンドでの経験を提供者側で支えるもの全てがバックエンドだ。例えば、航空会社のカウンターでチェックインがフロントエンドで、それを支えるコンピュータシステムがバックエンドだ。レンタカー会社の車そのものはフロントエンドだし、それを車庫で掃除する職員はバックエンドだ。

サービスでは顧客から見えるのはフロントエンドしかないため、このフロントエンドでの経験を最適化するためのフロントエンドとバックエンド間の設計が求められる。フロントエンドでの顧客の経験には不確実性があるから(顧客にもいろんな人がいるし、サービスが提供される環境にもいろいろある)、フロントエンドでの自律性を高くすることもあり得るし、逆に同じ理由でフロントエンドの裁量を極端に低くすうることもある。どちらの場合にも、それに応じたバックエンドの設計が重要になる。

こう考えた場合、海外の小説を翻訳モノとして読むとき、翻訳されて活字になった言葉はフロントエンドだし、翻訳される前の原書はバックエンドにあたる。読者は(原本にあたらない限り)原本の活字そのものには一切触れないわけだから、これは妥当な評価だろう。

そして、翻訳がしやすい文章を書く小説家というのは、翻訳本を読者に読ませるというサービスの提供において、最初からフロントエンドを十分に考慮してバックエンドを設計している、といえるわけだ。

「ノルウェーの森」を書いたころの村上春樹が翻訳本を売ることを考えて文章を書いていたかどうかは分からない。でも、今となっては、例えば「1Q84」を書きながら翻訳本を全く意識しなかったといえばそれは嘘になるのだろう。きっと。

1.との関係でいえば、もともとの文章スタイルが翻訳という点においてはローカライズの障害にならないため、あとはコンテンツそのもののローカライズの必要性だけが問題になる、ということだ。で、コンテンツそのものはそもそも世界標準化されているから、そのまま売れる、となる。

2010/01/07(木) | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0)

「私を離さないで」における「提供者」

カズオ・イシグロ「私を離さないで」を昨晩一気読みした。原題「Never Let Me Go」。その前の晩は「ハゲタカII」の上・下巻を一息に読んだばかり。読書三昧のこの冬休み。今は村上春樹の「海辺のカフカ」に移っている。手当たり次第の乱読。

わたしを離さないでわたしを離さないで
(2006/04/22)
カズオ イシグロ

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「私を離さないで」は間違いなくこの何年かの間に読んだ小説のなかでは最大の衝撃。ネタバレが大きく響く作品だから、そのプロットには触れるまい。プロットと並ぶもうひとつの衝撃は、子供の時に自分が感じていたこと、ただし感じていたことすらすっかり忘れていたものを、今さらながらにリアルになぞられたかのような感覚。そうした感覚をリアルに覚えているのがカズオ・イシグロのすごさなのか、それとも、そうした感覚を観察眼と論理なりで探求しきれてしまうのがすごいのか。

冒頭から圧倒的に存在するこの小説の違和感は、「介護人」と「提供者」なるものが一体何なのか、というところから来ているのだろう。そして、「介護人」がいつか「提供者」になる、とは何を意味するのか?原文にあたってみたところ、「介護人」「carer」の訳でまあそんなものだろう。しかし「提供者」の訳を充てられたあの英単語を訳者がそのままカタカナ表記していたなら、きっとこの小説の雰囲気が随分と変わっていたことだろう。謎めきの色はより押さえられ、違和感は(大きく残るにしても)相当薄れ、そして全体の筋が分かったときの衝撃がもっと和らげられていたはずだ。あの英単語にカタカナ表記を充てるか「提供者」と訳すかは、訳者も相当悩んだはず。

珈琲男はこの訳に反対する。作者自身が選択したあの英単語がもつ意味の幅より、訳者(もしくは出版社の担当者、か?)が選択した「提供者」の意味する幅が圧倒的に大きいからだ。

作者はこの作品をミステリーやSF仕立てにすることを避けたかったと述べている(注1)。あの英単語は、そんな意図を持つ作者が選択したものだったわけだ。ならば、「提供者」というずっと意味の幅が大きい日本語の選択により、謎解きの要素をあまりに大きくしてしまったことが、訳者としてとどまるべき一線を越えてしまったように珈琲男には思えるわけだ。もっとも「提供者」という選択が、日本語版「わたしを離さないで」を小説としてより面白いものにした側面もある。柴田元幸なら、これをどう訳したのだろうか。そして、日本を5歳で離れいまだに一応日本語もできるというカズオ・イシグロ自身は、この選択をどう考えているのだろう。

そうそう、友人に教えてもらったところによれば、この小説の映画化が既に着手されており、今年にも公開されるそうだ。脚本は、「The Beach」の作者アレックス・ガーランド。

注1:大野和基「Behind the Secret Reports」でのインタビュー記事より。ただし、ネタバレ必至なので、小説をこれから読む人はアクセスしないことを強くお奨めする。
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/kazuoishiguro.html

2010/01/05(火) | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0)

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