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「Code Version 2.0」所感(続き)

前回のエントリーではレッシグの「Code Version 2.0」におけるコントロールの4手段とそのフレームワークとしての有用性について少し触れた。

今回は、彼のこの本におけるもっと大きな議論について少し考えたことを。詳しくは前回のエントリーにあるけど、彼は「コードはサイバー空間における法のようなものだから、法がそうであるように、コードの内容について、みんながちゃんと価値判断することが必要なんだ」、といっている。

1. クラウド化の進行
ITのクラウド化がますます進むのは間違いないと思う。企業も政府も個人も情報の処理をよりクラウドに任せることになるのだろう。そしてレッシグの議論を踏まえれば、この「雲」のアーキテクチャであるコードのあり方について、これからより議論が高まるのも確かだろう。クラウドを大規模で進めようとする企業であるほどこの議論に巻き込まれる覚悟が必要だし、知識面での武装も必要。それからもちろんネットワーキングも。

さらに雲の提供側としては議論をリードするくらいの気概もあるのが理想、だと一瞬思うけど、これは諸刃かも。議論そのものからは一定の距離を保って決められたルールを単に実装するべきか、それともルールメイキングそのものをリードするか、この判断は大きい。面白いのは間違いなく前者だけど。

2. 価値判断・民主主義
レッシグの主張はあくまで「価値判断が必要」だというもので、特に彼の価値感そのものを押しつけようとはしない(控えめに彼の見解を述べてはいるけど)。法律家としての彼なりの流儀だろうけど、価値判断の必要性さえ理解されれば社会がそれなりに反応してくれるはず、という期待もあるのだと思う(彼の念頭にあるのは当然主としてアメリカ社会)。そして彼は本書の最後で彼の議論を民主主義に結びつけている。

そして実際にアメリカ社会においては彼の期待は相当程度に応えてもらえるはず。しばらく身を置いただけで、ここではそう信じることができる。

翻って日本だとどうなるのか。

法が実質的に官僚によって作られてるのと同じように、官僚がコードのありかたについてルールを実質的に決めてしまうように思われる(少なくとももうその準備をしていることだろう)。経産省と総務省あたりで。審議会なりを開いて学者とか企業代表とか呼んでパブコメ集めて・・・。

官僚支配の構図はおかしいじゃないか!、とかいう以前に、何かつまんないな、と単純に思う。
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2009/08/29(土) | MBA | トラックバック(0) | コメント(0)

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