スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[PR] 台湾ワーキングホリデー

--/--/--(--) | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

9・11同時多発テロの公式報告書にみる「あと知恵バイアス」

MGMT690(Managerial Decision Making)の今回の宿題を終える。寝る前にちょっとメモとして。

宿題は、9・11同時多発テロについての米国政府の公式報告書を読んで事前にオンラインで設問に答えたうえ、明日の議論にそなえるべし、というもの。そんな報告書があるんだ、どれどれ、と資料をダウンロードすると・・・、宿題としての指定箇所だけで60ページを超えている。うーんいかにサボるか効率的に読むかを考えながら読み始めたことろ・・・。これが今までのどんなケースよりも読ませる内容だった。思わず引き込まれる。

この文書、「9/11 Commission Report: Final Report of the National Commission on Terrorist Attacks Upon the United State」なる500ページを超える大作で、ここにアップされている。
http://govinfo.library.unt.edu/911/report/911Report.pdf

なんとアマゾンでも売ってる。誰がこんなのわざわざ買うんだろうか。

9/11 Commission Report: Final Report of the National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States9/11 Commission Report: Final Report of the National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States
(2004/08/01)
National Commission on Terrorist Attacks

商品詳細を見る


宿題の指定箇所は、第1章の「WE HAVE SOME PLANES」第11章の「FORESIGHT-AND HINDSIGHT」。前者はハイジャックされた4機それぞれについて(4機だったことさえ人は容易に忘れるものだと改めて認識する)、テロリストの搭乗からそれぞれの悲劇的な結末までを事実ベースで時系列に描く。あわせて航空・防衛関連の行政機関が実際にそのときどう動いたのかも明らかにする。ちなみに「WE HAVE SOME PLANES」というのは、最初にWTCに突っ込んだAA11機を乗っ取ったテロリストが航空機を操縦しながら発して無線で傍受された言葉。後者は、この事件からの学びを「imagination」「policy」「capabilities」「management」に分けて検討する。

ちなみに今回のクラスのテーマは「Hindsight Bias = あと知恵バイアス」。認知バイアスの一種で、実際に起きてしまった出来事について、それが後から考えればごく当然で予測可能だったと認識してしまう人間の傾向をいう。このバイアスを(少なくとも形式的には)念頭においている証しに、第11章の冒頭箇所にはこうある。

As time passes, more documents become available, and the bare facts of what happened become still clearer. Yet the picture of how those things happened becomes harder to reimagine, as that past world, with its preoccupations and uncertainty, recedes and the remaining memories of it become colored by what happened and what was written about it later. With that caution in mind, we asked ourselves, before we judged others, whether the insights that seem apparent now would really have been meaningful at the time, given the limits of what people then could reasonably have known or done.



これは非常に考えさせられるポイントだ。

ケースベースのクラスでは、ひととおりの議論をまとめる形で、じゃあこのクラスの「学び(take away)」って何だいと考えさせられることが多い。あーだこーだと意見が出る。最後にこれが「学び」だね、と教授がクラスをまとめる。確かに「学び」だわ、って学生が頷いて終わる(頷けないことももちろんある)。

でも、その抽象化された「学び」を現場において生かせるのかについて甘く考えすぎてはならない、ということだろう。ここでの問題は、「学び」として抽象化されたことがそもそもある特定の現実に有用に適合するか、というところにあるのではない。現場で問題が起きているまさにその瞬間、大した情報もないそのタイミングにおいて、あとから考えれば当たり前の「学び」が果たして本当に意味を持つのか、ということだ。そして、これはインサイトの適用範囲は非常に広い。

予習としてはかなり丁寧にやったほうだろう。寝るか。
スポンサーサイト
[PR] 台湾ワーキングホリデー

2009/12/02(水) | MBA | トラックバック(0) | コメント(2)

«  |  HOME  |  »

Takashi in KOBE

『No title』

今頃この記事を読んでいます。9.11までシリアスな事件でなくても、現場なら場所を問わず起こっている問題です。自分がかかわった場では、職場や阪神大震災や地下鉄サリン事件を思い出しました。「じゃあ、あなたならその時わかったのですか」「私がわからなかった環境やシステムに問題はなかったのですか」「前例なきテロや災害に対して、どれだけ準備すれば十分といえたのですか」そんな反論や考察を封じ、安易にスケープゴート作りに走らせてしまう、危険な話だと感じました。ただし、不完全でも事例や分析を学ぶことは否定しません。過去の経験を蓄積することで、きっと次善の策が打てると信じたいです。

2009/12/30(水) 21:39:54 | URL | [ 編集]

珈琲男

『あと知恵バイアスの回避方法』

何か望ましくない結果が起こったあとで、それがどうすれば避けられたかを安易に考えて対応策を打ち出しても、そこにあと知恵バイアスが働いているために、実際にはそれがほとんど役に立たないことも多いと思います。

あと知恵バイアスを避けつつ、過去の事例から何かを学ぶためのアプローチとして、"recreate decision environment"ということを教授は強調してました。つまり、ある選択をしたときの環境をできるだけ忠実に再現したうえで、何故それを選択したのか、その選択をどう評価すべきかを検証するということです。その際には、実際には選択しなかった選択肢がもたらしたであろう結果にも想像を馳せるべし、と。

2009/12/31(木) 11:26:06 | URL | [ 編集]

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL
http://coffeeman.blog59.fc2.com/tb.php/356-c1d16e1f
 |  HOME  | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。