これまでジャパンクラブの有志で準備を進めてきた藤本隆宏教授による講演会は、今日が本番。強気にやや大きめの教室を確保したが、蓋をあけてみればこのとおりの盛況となった。マーケティングが上手くいったようでまずはほっとする。また、トヨタの品質問題がいかに海外で注目されているかを再認識することにもなった。

「トヨタのグル(教祖)」という触れ込みで学生には宣伝したが、

まさにそんな雰囲気たっぷりの藤本教授(笑)。

講演での藤本教授の議論を私なりにざっとまとめてみる。まずは「ものづくり」といわれる概念論から。
1. 製品 (product)とは設計情報 (design information)を媒体 (media)に転写したものである(紙コップ:コップというデザイン→(転写)→紙という媒体)
2. この考え方にたてば、生産性とは、設計情報を媒体に転写する効率だと見なすことがきる(設計情報の転写がなんら行われていない工程、例えば在庫や部品の移動は、この意味でムダであるといえる)
3. また製品情報は、製品アーキテクチャにより、「モジュラー(組み合わせ)型」または「インテグラル(擦り合わせ)型」、「オープン(業界標準)型」または「クローズ(囲い込み)型」の組み合わせによって大別することができる(クローズド・インテグラル、クローズド・モジュラー、オープン・モジュラーの3類型)
4. 歴史的経緯により、日本企業が強みをもつのは、「インテグラル型」の製品アーキテクチャをもった製品(例えば乗用車)。これに対して、アメリカや中国に強みがあるのは、モジュラー型の製品(例えばSUV、PC)
なおこれらの議論は、「ものづくり経営学」の第1部 第1章と第2部 第1章や、
「日本のもの造り哲学」の第4章、第5章を簡単にしたもののようだ。
個人的には、改めて話を聞いた2のポイント(生産性=設計情報の媒体への転写効率)が特に面白かった。設計情報が媒体に転写されていない工程は全くのムダだから、全行程のなかで設計情報の媒体への転写が行われる工程の比率をいかに高めるかが重要、というのは大きな示唆がある。TSP(トヨタ生産方式)をこの考え方でとらえるのも面白い。
一方で、個人的には2つの点が気になった。
まずこの議論は、設計情報というものは事前に完全に形成可能だということを前提にしていること。それはどの業界のどんなプロダクト、サービスにも適用できる(もしくはすべき)前提なのだろうか?
確かに自動車等のドミナントデザインが確立していて、プロダクトライフサイクルが比較的ゆったりとしており、プロダクトイノベーションが必ずしも頻繁には起こらない業界であれば、確かに理想的な設計情報を事前に完全に形成することは十分可能だろう。逆に、理想的な設計情報が事前に形成できなければ、当然プロセスに手戻りなどが発生するわけで、品質やコストの面で問題が生じ、競争力は著しく減じられるだろう。
一方で、例えばインターネットサービスのように、ドミナントデザインなどなく、プロダクトライフサイクルが短く、プロダクトイノベーションが常に発生しているような製品・サービスや業界を考えた場合、理想的な設計情報を事前に完全に形成することなどそもそも可能なのだろうか?また、そうすべきなのだろうか?もしかすると藤本教授の議論が特に有用なのは、プロダクトイノベーションがある程度確立し、プロセスイノベーションにイノベーションの軸足が移ったあとのフェーズについてなのだろうか?
もうひとつは、この議論をプロダクトではなく、サービスに適用することの有用性について。
サービスとは、製品とは異なり、提供者による生産と顧客による消費がほぼ同時に行われる。このサービスの特性からすれば、設計情報を媒体(サービスの場合は顧客そのもの)に転写する際に、提供者が完全にはコントロールできない顧客という媒体からのフィードバックがあり、転写→フィードバック→転写の繰り返しこそがサービスだといえる。
顧客が人間である以上、ある設計情報をある方法で転写すれば媒体にはこういう結果を生じせしめることができるという予見可能性が、その他の媒体(例えば、自動車であれば鉄、衣服であれば布、など)に比較して著しく低いことは確かだろう。その意味で、これはひとつめの疑問に戻るけど、理想的な設計情報の事前形成が実際問題としてどの程度可能なのだろうか?
ちなみに藤本教授のご主張は、「ものづくり」の考え方は、製品・サービス=設計情報を媒体に転写したもの、という図式からすれば、サービスにも十分適用可能だというもの。ここは食事会で突っ込んでみなければ、と心する。
続いてトヨタの品質問題について。
1. 根本的な原因は、製品設計をあまりに複雑にした結果、複雑性がトヨタの組織能力を超えてしまったことにある
2. この要因としては、(米国での金融危機までの需要拡大により)トヨタが生産量の拡大と製品の複雑化を同時に押し進めたことや、顧客の要求、法規制が厳しくなったことなどがある
3. また、長年に渡って成功しか知らない(特に本社の)トヨタ社員にみられる傲慢さも品質問題の一因だろう
4. ただし、現場の生産能力自体に深刻な問題は見られない。あくまで問題は製品設計であり、生産ではない
これらについては3月17日の日経新聞「経済教室」(マクダフィ教授との共同執筆記事)により詳細な議論が展開されている。このトヨタの品質問題こそが学生が期待していたテーマだったが、これにあまり時間を割いていただけなかったのはやや残念だった。事務局側の藤本教授との調整不足で、大きな反省材料になった。なかなか難しいね。
ただ、講演の内容もさることながら、日本発の「ものづくり」の概念を自らの言葉で堂々と情熱をもって学生に語りかける藤本先生の姿がものすごく印象的だった。もともとHBSでPh.Dを取られているだけに英語も非常にお上手。
この約2年間、世界中から集まった腕に覚えのある自信たっぷりの学生のなかで、意味ある主張を英語で展開する難しさをいやというほど痛感してきたから、一人の日本人として本当に勇気づけられた思いがした。
講演会のあと、藤本教授、マクダフィ教授を囲んでの食事会へ。
ちなみにこの二人、大学院博士課程時代からの友人で、「タカ」「ジョン・ポール」と呼び合う仲。やっぱりこういうよく知ったる組み合わせでイベントを企画するとやりやすいし面白い。
食事会では、「ものづくり」のサービス業への適用について質問してみた。
藤本教授のコメントは、確かに顧客というのは他の媒体に比較して、設計情報を転写することによる結果をコントロールしずらいという側面はあるものの、あるサービスを利用する顧客層の特性はある程度事前に把握可能なはずであり、転写結果の違いのばらつきはそれほど大きくないといえる、というようなものだった。
それから藤本教授の著作(「ものづくり経営学」第3部 第1章)を読み返してみると、サービスといっても媒体の有形性・無形性、それから耐久性・非耐久性(=減衰性、すなわち設計情報が転写されたのちにどの程度その情報を保持できるか)によって4つの類型が可能であり、製造業、サービス業という二元論というよりは、典型的な製造業と典型的なサービス業を両極にもつスペクトラムのなかで、いろんな形態がありうる、とされている。この類型からすれば、確かに珈琲男がもともと持っていた懸念は、特にサービス業らしいサービス業(例えば、旅館などの対面接客サービス)には当てはまる程度が高く、それはサービスの特性がより製造業に近づくにつれて薄まってくるのかも知れない。
この夕食会のために悠梧を預かってくれた友人宅に向かうため、食事会を途中で抜けさせてもらった。失礼する間際、藤本教授の著作へのサインをお願いしたところ、こんなメッセージを添えて下さった。
サービスにも通用する
開かれたものづくり
よろしくおねがいします

「トヨタのグル(教祖)」という触れ込みで学生には宣伝したが、

まさにそんな雰囲気たっぷりの藤本教授(笑)。

講演での藤本教授の議論を私なりにざっとまとめてみる。まずは「ものづくり」といわれる概念論から。
1. 製品 (product)とは設計情報 (design information)を媒体 (media)に転写したものである(紙コップ:コップというデザイン→(転写)→紙という媒体)
2. この考え方にたてば、生産性とは、設計情報を媒体に転写する効率だと見なすことがきる(設計情報の転写がなんら行われていない工程、例えば在庫や部品の移動は、この意味でムダであるといえる)
3. また製品情報は、製品アーキテクチャにより、「モジュラー(組み合わせ)型」または「インテグラル(擦り合わせ)型」、「オープン(業界標準)型」または「クローズ(囲い込み)型」の組み合わせによって大別することができる(クローズド・インテグラル、クローズド・モジュラー、オープン・モジュラーの3類型)
4. 歴史的経緯により、日本企業が強みをもつのは、「インテグラル型」の製品アーキテクチャをもった製品(例えば乗用車)。これに対して、アメリカや中国に強みがあるのは、モジュラー型の製品(例えばSUV、PC)
なおこれらの議論は、「ものづくり経営学」の第1部 第1章と第2部 第1章や、
![]() | ものづくり経営学―製造業を超える生産思想 (光文社新書) (2007/03) 藤本 隆宏東京大学21世紀COEものづくり経営研究センター 商品詳細を見る |
「日本のもの造り哲学」の第4章、第5章を簡単にしたもののようだ。
![]() | 日本のもの造り哲学 (2004/06) 藤本 隆宏 商品詳細を見る |
個人的には、改めて話を聞いた2のポイント(生産性=設計情報の媒体への転写効率)が特に面白かった。設計情報が媒体に転写されていない工程は全くのムダだから、全行程のなかで設計情報の媒体への転写が行われる工程の比率をいかに高めるかが重要、というのは大きな示唆がある。TSP(トヨタ生産方式)をこの考え方でとらえるのも面白い。
一方で、個人的には2つの点が気になった。
まずこの議論は、設計情報というものは事前に完全に形成可能だということを前提にしていること。それはどの業界のどんなプロダクト、サービスにも適用できる(もしくはすべき)前提なのだろうか?
確かに自動車等のドミナントデザインが確立していて、プロダクトライフサイクルが比較的ゆったりとしており、プロダクトイノベーションが必ずしも頻繁には起こらない業界であれば、確かに理想的な設計情報を事前に完全に形成することは十分可能だろう。逆に、理想的な設計情報が事前に形成できなければ、当然プロセスに手戻りなどが発生するわけで、品質やコストの面で問題が生じ、競争力は著しく減じられるだろう。
一方で、例えばインターネットサービスのように、ドミナントデザインなどなく、プロダクトライフサイクルが短く、プロダクトイノベーションが常に発生しているような製品・サービスや業界を考えた場合、理想的な設計情報を事前に完全に形成することなどそもそも可能なのだろうか?また、そうすべきなのだろうか?もしかすると藤本教授の議論が特に有用なのは、プロダクトイノベーションがある程度確立し、プロセスイノベーションにイノベーションの軸足が移ったあとのフェーズについてなのだろうか?
もうひとつは、この議論をプロダクトではなく、サービスに適用することの有用性について。
サービスとは、製品とは異なり、提供者による生産と顧客による消費がほぼ同時に行われる。このサービスの特性からすれば、設計情報を媒体(サービスの場合は顧客そのもの)に転写する際に、提供者が完全にはコントロールできない顧客という媒体からのフィードバックがあり、転写→フィードバック→転写の繰り返しこそがサービスだといえる。
顧客が人間である以上、ある設計情報をある方法で転写すれば媒体にはこういう結果を生じせしめることができるという予見可能性が、その他の媒体(例えば、自動車であれば鉄、衣服であれば布、など)に比較して著しく低いことは確かだろう。その意味で、これはひとつめの疑問に戻るけど、理想的な設計情報の事前形成が実際問題としてどの程度可能なのだろうか?
ちなみに藤本教授のご主張は、「ものづくり」の考え方は、製品・サービス=設計情報を媒体に転写したもの、という図式からすれば、サービスにも十分適用可能だというもの。ここは食事会で突っ込んでみなければ、と心する。
続いてトヨタの品質問題について。
1. 根本的な原因は、製品設計をあまりに複雑にした結果、複雑性がトヨタの組織能力を超えてしまったことにある
2. この要因としては、(米国での金融危機までの需要拡大により)トヨタが生産量の拡大と製品の複雑化を同時に押し進めたことや、顧客の要求、法規制が厳しくなったことなどがある
3. また、長年に渡って成功しか知らない(特に本社の)トヨタ社員にみられる傲慢さも品質問題の一因だろう
4. ただし、現場の生産能力自体に深刻な問題は見られない。あくまで問題は製品設計であり、生産ではない
これらについては3月17日の日経新聞「経済教室」(マクダフィ教授との共同執筆記事)により詳細な議論が展開されている。このトヨタの品質問題こそが学生が期待していたテーマだったが、これにあまり時間を割いていただけなかったのはやや残念だった。事務局側の藤本教授との調整不足で、大きな反省材料になった。なかなか難しいね。
ただ、講演の内容もさることながら、日本発の「ものづくり」の概念を自らの言葉で堂々と情熱をもって学生に語りかける藤本先生の姿がものすごく印象的だった。もともとHBSでPh.Dを取られているだけに英語も非常にお上手。
この約2年間、世界中から集まった腕に覚えのある自信たっぷりの学生のなかで、意味ある主張を英語で展開する難しさをいやというほど痛感してきたから、一人の日本人として本当に勇気づけられた思いがした。
講演会のあと、藤本教授、マクダフィ教授を囲んでの食事会へ。
ちなみにこの二人、大学院博士課程時代からの友人で、「タカ」「ジョン・ポール」と呼び合う仲。やっぱりこういうよく知ったる組み合わせでイベントを企画するとやりやすいし面白い。
食事会では、「ものづくり」のサービス業への適用について質問してみた。
藤本教授のコメントは、確かに顧客というのは他の媒体に比較して、設計情報を転写することによる結果をコントロールしずらいという側面はあるものの、あるサービスを利用する顧客層の特性はある程度事前に把握可能なはずであり、転写結果の違いのばらつきはそれほど大きくないといえる、というようなものだった。
それから藤本教授の著作(「ものづくり経営学」第3部 第1章)を読み返してみると、サービスといっても媒体の有形性・無形性、それから耐久性・非耐久性(=減衰性、すなわち設計情報が転写されたのちにどの程度その情報を保持できるか)によって4つの類型が可能であり、製造業、サービス業という二元論というよりは、典型的な製造業と典型的なサービス業を両極にもつスペクトラムのなかで、いろんな形態がありうる、とされている。この類型からすれば、確かに珈琲男がもともと持っていた懸念は、特にサービス業らしいサービス業(例えば、旅館などの対面接客サービス)には当てはまる程度が高く、それはサービスの特性がより製造業に近づくにつれて薄まってくるのかも知れない。
この夕食会のために悠梧を預かってくれた友人宅に向かうため、食事会を途中で抜けさせてもらった。失礼する間際、藤本教授の著作へのサインをお願いしたところ、こんなメッセージを添えて下さった。
サービスにも通用する
開かれたものづくり
よろしくおねがいします
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2010/03/23(火) | MBA | トラックバック(0) | コメント(5)