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油、火種、火打ち石

いよいよ卒業が間近に迫ってきたということもあり、最近この留学で何を学んだのかと自分のなかで思考を巡らしていることにしばしば気付く。いくつも朧気に浮かんでは消えるから、できるだけ書き留めておこうと思う。

まず、自分が組織とか集団のなかで果たす役割について、留学前と後でどんな変化が生じてきたか、について。実際に果たしている役割ということもあるし、どんな役割を自分は果たしたいのかという理想としての役割ということもある。その両方について、どんな変化が留学前後に生じたか。

留学前の自分を冷静に振り返ると、あまり自分からことを起こすということはなかったように思う。

ことを起こすような誰かの動きにうまく乗っかったり、何かの新しいプロジェクトの初期メンバーとしてそれなりに活躍することもあった。でも、まさに自分がことを起こす、ということはそれほどなかったように思う。

ただ、面白そうな芽を見つけること、そこに早くに飛びついて何とか形にすること、いろんな人を巻き込んでその動きを盛り上げることは好きだったし、上手かったようにも思う。

それは、いってみれば、もう燃えているものをもっと燃やすような「油」の役割や、最初の火を消さないための「火種」の役割。何かを燃やすというこれらの役割は、単に何かに燃やされるしかない対象物の役割とは全く違うものだ。場の流れに身を任せるだけの自分ではなかったつもりだ。

でも「油」も「火種」も、最初の火を起こす「火打ち石」の役割とは根本的に違う。

「火種」や「油」は火が起こされていることを前提にしなければなんら意味をなさないのに対して、「火打ち石」はまさに火のないところに火をつける。「火種」や「油」にその役割を与える。

もちろん組織やチームにおける「火打ち石」にももちろんいろんなレベルがある。

ちょっとした議論をしかけて他のメンバーのイマジネーションに火をつけることから、全く新しい大きな取り組みへの最初の一歩を自分が踏み出すことまで、幅は広い。

でも、単にある発想をつぶやくこと、単に何でもいいから取り組みへの第一歩を踏み出すことは、それだけでは「火打ち石」にはならない。大きく長く何かを燃やすことを前提にしていないからだ。「火打ち石」は、一回きり輝く花火とは違うものだ。

留学中、自分が「火打ち石」たりえているかをよく自分に問うていた。いくつかは花火で終わった一方で、いくつかはその後の実際に火をつけられたものもあると思う。それが自分の実際の役割についての変化。

そして、そんな「火打ち石」の役割をもっと果たしたいと思う自分がいる。そう留学を通じて思ったということは、この先も時折思い出したい。
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2010/03/31(水) | MBA | トラックバック(0) | コメント(0)

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